
アーケードの歴史
市役所通り側と新川橋通り側のステンドグラスは、それぞれ別々の作品ではなく、2枚で1つの作品となっております。 虹の神「 アイリス」と、繁栄の神「ユリ」・・・それぞれの花を中心として、 一方は・虹、一方は・太陽の光で包み、四季折々の花がその周りを取り囲んでいます。街を通る人々の心と商店街を繋ぐ掛け橋となるよう願いを込めました。

新川橋通り側、繁栄の神「ユリ」

市役所通り側、虹の神「 アイリス」
ウィロードの試み
川崎市第一の商店街「銀柳街」が新しい明るいイメージを持つアーケードを建設すべく全面改装を計画し、その構想を最終的にまとめたのは昭和53年5月でした。
古さからの脱皮と老朽化したアーケードの一新は当然のことながら、火災、地震にも十分たえる諸施設を備えた防災の点から見ても新型のアーケードの設置を検討してきました。もちろん東口全体の再開発に対処すべく、話題性があり消費者にとって楽しくショッピングができる新時代のニューアーケード作りです。
総工費4億5千万という膨大な事業計画は昭和54年に着工し、昭和55年に完成しました。新アーケードの名前は当時「ウィロード」といいました。天井中央部は開閉ができる25枚のステンドグラスを使い、明るくカラフルでしゃれた雰囲気をかもし出します。強化プラスチックを使用した部分は太陽光線をふんだんに取り入れる事ができるいわいる省エネ型のアーケードと言えたでしょう。
過去のアーケードは雨が降っても売上を落とさないための実用主体にした理由で設置されていたわけですが、現代のアーケードの持つ意味はその要素を踏まえた上に更に装飾的な効果を狙っています。
デラックスな商店街づくり、新しいショッピングプラザづくりに重点が置かれていました。美しい天井、ルーバー、ダウンライト、そして統一された各店舗の看板などです。横に伸びているだけの商店の集まりというよりも、一つの大きなビルの中にいるような感じを与える効果を持って来るわけです。文字通りモールという雰囲気で建物の中をお散歩しながら買い物を楽しんでいただくのが現代のアーケードです。街が美しくなると店舗改装への感心が強まり、店格向上につながる相乗効果も十分発揮されるわけです。
こうした点から見ても個店の経営にも大きなプラスになり、ひいてはお客様のニーズに応えられる店作り商店街作りに新アーケード、当時の「ウィロード」は大きく貢献しました。
そして磨きのかかった銀柳街へ
「やっぱりコンセプトは”磨きのかかった・・・”だな!」
CI研究会(後の街づくり実行委員会)の委員長の一言がきっかけとなって持田真理子さんのステンドグラスと結びつくきっかけとなりました。 それはコンセプト創りに苦しんでいたときの天恵のようなひらめきだった場面のことをはっきりと覚えています。
平成3年、老朽化したアーチのリニュウ-アルが課題となっていた頃、川崎市中小企業指導センターの診断を受けることになり、単にハードを新しくするということだけでなく「街づくり」の支店から一環として環境づくりを目指すことになったのがそもそもの出発点でした。「CI研究委員会」ではCIを「お客様に惚れられるような新しい街のイメージを創りだし、来客範囲を広げ売上アップを計る戦略」と規定し、川崎の持つイメージや立地特性、武器などから課題を探り出していった。
その結果、「銀柳街は川崎のもつイメージに影響を与える表玄関商店街。 ヨコハマにはない新しい川崎らしさのアイデンティティ(独自性)を創造する」という基本発想を取ることになった。 そしてマチの来客範囲拡大のためには話題性、時代性が必要とし、話題性には首都圏に全く無い「ステンドグラスアーケイドの魅力」を銀柳街の特色〔武器〕として伸ばす、 時代性には「心の豊かさ作り」を取り上げたいと考えました。
川崎は今ではハイテクタウンの色が濃くなりましたが、未だに公害、ギャンブル都市のイメージを引きずっているところがあります。こうした議論のなかで、新しい川崎のイメージ創造のためにも本物のステンドグラス化が必要であり、コンセプト(思想)はやはり「磨きのかかった・・・”」がピタリとくるという方向性が固まりました。それが磨きのかかったステンドグラスの創造”という課題へと繋がることになります。そして飽きずに時代と共に光を増す本もおのアート化→作家の起用という発想が生まれました。また花のテーマは、銀柳街の街内装飾に良く使われてきたという歴史もあり、環境を大切にするという時代性とマッチする心の豊かさをイメージするものとしてピタリとくるモチーフでした。
この2つの条件を満たす作家として”一貫して花をモチーフとしたステンドグラスを創造しつづけてした”アーチストとして持田真理子さんのお名前が上がりました。そして夏のある暑い日、CI研究介の委員長と後に企画・設計を正式に担当することになるスタッフの安田さんが持田さんのジョイント・アート展を訪れ 、その力強くダイナミックと言って良い彼女の作品に触れ、ある種の感動を覚えたのが一つの動機となったものであります。その後、持田さんの最近の作品に触れるため、CI研究会のメンバーで長崎視察、街づくり実行委員会へ以降してからの委員会メンバーでの仙台(区役所)視察を経て益々その作品の魅力に信頼を深めたものでありました。
こうして”生きもののような立体感のある、絵柄を切り損ねることなく鍛造製の鉄で花びらにそって枠取りされた、 すべてが手造りの15メートルにも及ぶ世界的にもユニークで大きな花をモチーフとしたステンドグラス” あくまでもモチーフの花を生かしたカラー舗装の花柄パターン”の制作へと彼女の情熱が姿形となっていったのでした。
私たちは住人の人達が「川崎に生まれて幸せ・・・」「川崎に遊びにきて幸せ・・・」という幸せ感を醸し出す街づくりを目標に進めてまいりました。 今消費の成熟化が流通業界に革新を迫っております。 商店街も単にハードの面で美的環境整備をするファッション感覚だけではお客様の支持を得ることは難しい時代に入りました。 私達は、制作に携わった多くの人々の情熱のこもったこの本物の魅力がきっとお客様に味わいのある街として支持を得ることを信じております。 そして、花は華に通ずるところがあり、いままでの川崎になかったイメージを醸し出し、 「ステンドグラスのある街」として美へのこだわりを持ちつづけたいと願うものであります。





